エレベーター点検中の死亡事故、遺族が安全配慮義務違反で勤務先を提訴
2022/01/28 労務法務, 民法・商法, 労働法全般
はじめに
エレベーターの点検中に男性が機械に挟まれて死亡した事故で、遺族が勤務先であった日立ビルシステム(東京)と当時の同僚を相手取り損害賠償を求め提訴していたことがわかりました。請求額は1億6千万円とのことです。今回は安全配慮義務について見直していきます。
事案の概要
神戸新聞の報道によりますと、日立ビルシステムの社員だった男性(当時48)は2019年2月15日、神戸市兵庫区内のビルでエレベーターの保守点検中に事故で亡くなりました。一緒に点検作業を行っていた同僚男性が、かごを高速で上昇させ、昇降路にいた男性は下降してきた釣り合い重りに挟まれたとされます。翌年9月に神戸東労働基準監督署が労災認定しており、兵庫県警も業務上過失致死容疑で同僚男性を書類送検しましたが、神戸地検は不起訴処分としたとのことです。男性の遺族が今月27日、安全配慮義務違反を理由に同社と同僚男性を相手取り損害賠償を求め神戸地裁に提訴しました。
安全配慮義務とは
安全配慮義務とは、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方または双方が相手方に対して法令上負う義務を言うとされております。売買契約や請負契約、雇用契約といった法律関係において本来の債務とは別に、それに付随して当事者が信義則上互いに配慮しあう義務ということです。これは最高裁判例によって確立した考え方ですが、2008年施行の改正労働契約法5条でも明文化されております。これにより、安全配慮義務違反によって損害が発生した際には、当事者の一方は相手方に対して損害賠償請求を行うことも可能となります。
安全配慮義務に関する判例
安全配慮義務という概念が生まれた背景となる事例として、自衛隊員が自動車整備作業中に車両に轢かれて死亡し、遺族が国に対して損害賠償を求めた事件が挙げられます。この事件が発生したのは昭和40年7月で、提訴されたのが昭和44年10月と不法行為に基づく債権の時効である3年を超えておりました。そこで不法行為ではなく、雇用契約上の債務不履行(時効期間は10年)として構成し提訴したということです。東京高裁は国の債務不履行責任を否定したものの、最高裁は国の指示のもとに任務を遂行する公務員の生命や健康を危険から保護するよう配慮すべき義務を負うとして安全配慮義務を認めました(最判昭和50年2月25日)。また労働関係でも、元請企業の下請企業の労働者に対する安全配慮義務の存在を認めた例もあり、直接に雇用関係にない会社と労働者との間においても債務不履行責任が肯定される場合があると言えます(最判昭和55年12月18日)。
労働契約法における安全配慮義務
上で触れたように、労働契約法では「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」として安全配慮義務を明文化しております(5条)。通達などによりますと、ここに言う生命・身体の安全には心身の健康も含まれるとされ、長時間労働や過労などから労働者を守るための適切な措置を採ることも安全配慮の範囲に入るとされております。そして必要な配慮とは労働者の職種や労働内容、労務提供場所等の具体的な状況に応じて個別的に判断されるもので一律に決まるものではないと言われております。具体的には衛生管理者や安全衛生推進者の設置、事業場での安全装置の設置などの措置、健康診断の実施、労働者のストレスチェックなどが有効と考えられます。
コメント
本件で日立ビルシステムに勤務していた男性は、同僚男性がエレベーターを高速で上昇させたことによって重りに挟まれ死亡したとされます。原告側は同僚男性の安全確認が不十分であったことと、同社が高速運転を厳禁とする社内規定の周知徹底を怠ったと主張しております。今後は同社の安全配慮義務の範囲と結果の予見可能性などが争点となってくるものと考えられます。以上のように不法行為では時効によって請求できない場合でも、安全配慮義務違反と構成することで債務不履行責任を追求することが可能な場合があります。現在では明文化もされ、労働関係では当然に適用されることとなります。なお不法行為責任の時効については、現在では生命・身体侵害では損害および加害者を知った時から5年となっております(民法724条の2)。自社内での安全管理体制を今一度確認しておくことが重要と言えるでしょう。
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