臨床心理士が尚美学園を提訴、労働者性と雇い止めについて
2022/04/12 労務法務, 労働法全般
はじめに
業務委託で大学のカウンセリング業務にあたっていた臨床心理士の男性(42)が1日、雇い止めは無効であるとして尚美学園に対し、地位確認や慰謝料などの支払いを求め提訴していたことがわかりました。労働者性が主な争点とのことです。今回は労働者性と雇い止めについて見直していきます。
事案の概要
毎日新聞の報道によりますと、男性は2015年11月から尚美学園大学(埼玉県川越市)のカウンセリングルームで学生を対象に心理カウンセラーの業務を行ってきたとされます。その後2021年11月に、翌22年3月31日をもって業務委託を更新せず終了する旨を告げられたとのことです。男性は週4日カウンセリングルームに出勤して拘束されることや業務で指揮命令を受けていることから労働基準法や労働契約法の適用を受ける労働者に当たるとして、今回の雇い止めは無効であると主張しております。尚美学園側は「訴状が届いておらず、コメントできない」としているとされます。
有期雇用契約と雇い止め法理
労働契約法19条によりますと、有期労働契約であっても、(1)有期労働契約が反復継続して更新されており、雇い止めをすることが実質的に解雇と社会通念上同視できること、(2)労働者が契約期間満了時に労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由がある場合には、雇い止めをするには客観的に合理的な理由と社会通念上相当性が必要とされます。(1)の要件については、これまでの更新回数や、正規労働者と比較して業務内容等に違いがあるかなどの要素が考慮されます。(2)の要件については、これまでの更新回数や雇用期間、更新ごとの手続きの実施状況、臨時的雇用であるか否か、その他会社側の更新を匂わす態度などが考慮要素となります。更新ごとに契約書を作成したりせずに手続きが形骸化していたり、業務内容が常態化している場合は今後も更新されると期待する方向に働きます。逆にあらかじめ通算雇用期間などを定めておくと更新への期待が薄らぐ方向に働くと言えます。
労働法上の労働者性
上記雇い止め法理だけでなく、労基法や労働契約法などの労働関係法令が適用されるためには「労働者」である必要があります。それではどのような場合に「労働者」と言えるのでしょうか。労基法9条によりますと、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」とされます。労働契約法2条でもほぼ同様の規定となっております。具体的な判断基準としましては、(1)仕事の依頼、業務の指示等に対する諾否の自由、(2)業務内容、遂行方法に対する指揮命令の有無、(3)勤務場所・時間についての指定・管理の有無、(4)労務提供の代替可能性、(5)報酬の労働対償性、(6)事業者性の有無、(7)専属性の程度、(8)公租公課の負担などがあげられております(最小判平成8年11月28日)。また労働組合法でも、事業組織への組入の有無や労務内容の一方的決定の有無、労務対償性を基本に、依頼に対する諾否の可否、指揮命令の有無、顕著な使用者性の有無などで判断しているとされます(最判平成23年4月12日)。
労働者性に関する裁判例
労働者性が肯定された例として、高齢者施設の生活協力員や保険勧誘員が挙げられます。前者では指定された業務時間内は施設内の相談所を勤務場所とされていたこと、業務日誌を作成していたこと、有給休暇が与えられ、源泉徴収されていたこと、募集要項に「雇用」「嘱託職員」などの文言があったことなどから労働者性が認められております(東京高裁平成23年5月12日)。後者の例では、勧誘業務以外の業務の指示を拒否できなかったこと、ミーティングや日報作成が義務付けられていたこと、直帰には会社の承諾が必要であったこと、第三者委託や補助者が利用できず代替性がなかったこと、源泉徴収されていたことなどから労働者性が肯定されております(大阪地裁平成25年10月25日)。逆に、営業活動について時間や場所の制限がなく、指揮命令を受けていなかったこと、他の会社の使用人等になることが認められていたこと、報酬が出来高制であったこと、互助組織は労組と認められないことなどから証券会社の外務員の労働者性が否定された例があります(大阪地裁平成7年6月19日)。
コメント
本件で原告側である男性の主張によりますと、大学側と締結しているのは業務委託契約とされますが、週4日、同校のカウンセリングルームでの勤務を要し、学校側の指揮命令を受けているとのことです。詳細は不明ですが給与体系も労働法等に則り、源泉徴収などもされていた場合、また業務日誌等を作成が義務付けられていた等の事情があった場合は労働者性が認められる方向に傾くと考えられます。逆に他社等での勤務や補助者等の使用が認められていたり、給与体系が歩合制や出来高制であれば否定される方向に傾くと言えます。今後これらの判断要素が争点となっていくものと思われます。以上のように労働法では労働者に該当するか否かは契約の文言ではなく実質的に判断されることとなります。業務委託契約を締結していても自社の他の従業員と同様に扱っていた場合は労働法が適用される可能性が高くなります。今一度社内での労務管理を見直しておくことが重要と言えるでしょう。
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