吸収合併を理由に消滅会社従業員の退職金を減給できるか
2016/02/22 労務法務, 労働法全般, 会社法, その他
はじめに
山梨県民信用組合の元職員らが、合併による労働条件の変更により退職金が支給されなかったとして、退職金約8000万円の支払いを求めていた裁判で、2月19日最高裁第二小法廷は、労働条件を不利益に変更する場合は、内容を具体的に説明した上で同意を得る必要があるとして、高裁判決を破棄し差し戻しました。会社が合併した場合に、労働条件はどのように扱われるべきかについて見ていきたいと思います。
事件の概要
山梨県民信用組合は2003年、旧峡南信用組合を吸収合併しました。その際、旧峡南信用組合の職員であった原告らの労働条件は大幅に変更され退職金はほぼゼロにされたとして、原告らは本来の基準での退職金に相当する約8000万円の支払いを山梨県民信用組合に求めていました。一審二審は退職金を大幅に減額する旨の内規の変更の同意書に署名押印をしているとして、請求を棄却しました。
会社合併と労働条件
会社の合併には、一方が他方を吸収して存続する吸収合併と、複数の会社がそれぞれ消滅し新たな一つの会社となる新設合併があります。いずれの合併にせよ、その効果は存続する会社あるいは新設会社が消滅会社の権利義務を包括的に承継します(会社法750条1項、756条1項)。すなわち労働条件や労働協約も当然に承継されることになります。合併によって消滅する会社の従業員が会社と締結していた労働契約だけでなく、労働条件もそのままの内容で引き継がれることになるということです。そうすると他社を吸収した会社としては、社内に異なる複数の労働条件が生じることになります。それらを調整して労働条件を統一する必要性が出てくるでしょう。
労働条件の変更
労働契約法9条によりますと、使用者は労働者と合意することなく就業規則を変更して労働者の不利益に労働条件を変更することは原則出来ないとしています。そして10条では、①労働者への変更内容の周知、②変更内容の必要性・相当性、③労働組合との交渉状況その他の事情の合理性、という要件のもとで例外的に合意なくして労働条件を変更することができるとしています。その場合でも労働契約の内容として変更しないという合意がある場合には、その部分は変更できないとしています。
コメント
本件では、旧峡南信用組合の元従業員であった原告らは、労働条件の内規変更合意書に署名押印をしています。これが労働契約法9条の合意に当たるかどうかが主要な争点となっていました。一審二審は肯定し請求を棄却していました。しかし最高裁は一転、合意を否定し破棄差戻しを言い渡しました。賃金や退職金の不利益変更に対する同意は、事前に具体的に内容を説明し、労働者の自由な意思に基づく同意が必要であるというわけです。判決理由によりますと、立場の弱い労働者が形式的に合意していても、それだけで合意の有無を判断せずに、情報提供の内容、状況等に照らして判断すべきであるとしています。合意書に署名押印があっても、それだけでは必ずしも労働条件変更合意とは認められないということを最高裁が示したと言えます。これは10条の合意無しでの変更の要件の厳しさに鑑みて、9条の合意も真に自由な意思で合意したといえるかまで判断すべきとの考えがあったのかもしれません。会社合併の際には、本件判決を踏まえて従業員や労働組合との調整を図る必要が出てきそうです。
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