松江地裁がスーパー社員の労災認定、過労自殺と労災基準について
2021/06/03 労務法務, 労働法全般, その他
はじめに
島根県のスーパー「ウシオ」(出雲市)の元男性社員(当時36)が自殺したのは過労が原因だとして遺族が国に労災認定を求めていた訴訟で先月31日、松江地裁は労災と認め不支給とした国の処分を取り消しました。死亡直前の時間外労働は月120時間を超えていたとのことです。今回は過労自殺と労災認定について見直していきます。
事案の概要
毎日新聞の報道などによりますと、自殺した元男性社員は同社で酒のバイヤーをしていた2009年9月18日、出雲市内の山中で自殺していたとされます。出雲労働基準監督署は死亡前6ヶ月の時間外労働を月82時間~101時間と算定し過労死につながる心理的負荷はなかったとして不支給としたとのことです。これに対し男性の遺族は松江地裁に不支給処分の取り消しを求め提訴しておりました。遺族側は当時同社の社長からパワハラも受けていたと主張していたとされます。
過労自殺と労災認定
業務における荷重な負荷による脳・心臓疾患や、強い心理的負荷による精神障害を原因とする死亡を過労死と言います。このような業務にによる怪我や疾病、死亡については労災保険法に基づいて保険給付等を受けることができます。労災保険の申請は本人または遺族が勤務先を管轄する労基署に行うこととなっております。では過労自殺はどうでしょうか。労災保険法12条の2の2では、労働者の故意の死亡の場合は保険給付は行われないとされております。しかし過大な業務上のストレス等により精神障害となり自殺した場合には労災と認めるべき場合もあると考えられるようになりました。以下具体的に認定基準を見ていきます。
精神障害の認定基準
厚生労働省が公表している心理的負荷による精神障害の認定基準(令和2年5月29日付基発0529第1号)によりますと、精神障害による労災認定基準は次の通りとされます。まず(1)認定基準の対象となる精神障害を発病していること、(2)認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること、そして(3)業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したと認められないこととされます。対象となる精神障害とは国際疾病分類「ICD-10」に準拠しており、原則として心身症は含まれませんが、うつ病などが典型例と言えます。発病前6ヶ月の強い心理的負荷は、月160時間を超えるような時間外労働や生死にかかわる疾病などの「特別な出来事」を含め、それ以外でも時間外労働の長さ、パワハラの有無などを「弱」「中」「強」で評価します。そして業務以外で、例えば離婚や家族の死亡などを強い順に「Ⅲ」「Ⅱ」「Ⅰ」で類型化し、また既往歴やアルコール依存の有無など個体側要因も考慮して判断するとされております。
自殺の場合の取り扱い
上の基準で対象精神障害があり、心理的負荷「強」、業務以外で「Ⅲ」に該当する出来事がなく、個体側要因もない場合に労災認定がなされます。その枠組の中で過労自殺についても判断されることとなります。厚労省によりますと、「業務による心理的負荷によって精神障害を発病した人が自殺を図った場合、精神障害によって、正常な認識や行為選択能力、自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害さいれている状態に陥ったもの(故意の欠如)と推定され、原則としてその死亡は労災認定」されるとのことです。
コメント
本件で松江地裁は自殺した元男性社員の死亡直前の時間外労働は月120時間を超え、死亡前6ヶ月間のおおよその時間外労働も月110時間を超えており、うつ病を発症していたと認定しました。その上で自殺は業務に起因するものであるとして労災を認めました。以上のように精神障害による労災認定は労働時間や仕事上の出来事、個人的な出来事、個体要因などさまざまな要素を複合的に判断することとなります。自殺の場合も現在ではその枠組の延長で判断されると言えます。また平成12年3月24日の最高裁判決(電通事件)を皮切りに過労自殺による会社の損害賠償義務を認める裁判例も増加しており、労災認定から損害賠償訴訟に発展する例も少なくないと言えます。従業員の労働時間やストレス管理などについて今一度自社の労働環境を見直しておくことが重要と言えるでしょう。
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