アートコーポレーションに支払い命令、賃金の天引について
2020/06/26 労務法務, 労働法全般, その他
はじめに
引っ越し大手「アートコーポレーション」(大阪市)の元従業員が賃金から天引されていた金額の返還を求めていた訴訟で横浜地裁は25日、約209万円の支払いを命じていたことがわかりました。現在は天引規定は廃止されているとのことです。今回は賃金の天引きに関する規制について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、アート社では引っ越し作業で損害が生じた場合、作業リーダーが3万円を上限としてその賠償をする旨の制度があったとされます。しかし実際には事故の有無に関わらず出勤1日につき500円が賃金から天引きされていたとのことです。同社の元従業員3人はこれまで天引きされていた分と未払い残業代などの支払いを求め横浜地裁に提訴しておりました。
賃金全額払いの原則
労働基準法24条1項によりますと、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」とされております。以前も取り上げたいわゆる賃金支払い5原則と呼ばれるものです。そのうちの1つである賃金全額支払いの原則は、賃金は全額支払われなければならず、賃金から一部控除することは原則ゆるされないというものです。労働者に賃金全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないように保護を図ろうとする趣旨とされております(最判昭和48年1月19日)。しかしこの原則にはいくつか例外があり、一定の場合には賃金から控除することも可能とされております。以下具体的に見ていきます。
全額払い原則の例外
(1)法令による場合
全額払原則の例外として賃金からの一部控除が法令によって定められている場合があります。所得税や住民税、健康保険、厚生年金などは各法令によって使用者が賃金から予め控除し、国等に納めることとなります(所得税法183条、地方税法321条の5、健康保険法167条、厚生年金法84条等)。
(2)労使協定による場合
もう一つの例外として労使協定による場合が挙げられます。労働組合または労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合には賃金から一部控除ができるとされております(労基法24条1項但し書き)。この場合、一部控除が認められるのは「購買代金、社宅、寮その他の福利、厚生施設の費用、社内預金、組合費等、事理明白なもの」に限られると言われております(昭和27年9月20日通達)。なおここで必要とされるのは「労使協定」であり「労働協約」ではありません。また36協定とは異なり労基署への届け出は不要です。
コメント
本件でアート社では作業中の損害が生じた場合は作業リーダーが賠償し、また事故の有無に関わらず1日500円が控除される制度があったとされます。横浜地裁は規定に基づく賠償金とは到底認められないとして全額の返還を命じました。以上のように賃金から一部控除するためには労使協定が必要です。その対象も事理明白なのもでなくてはならず、作業中の物損による修理代などは該当しないと言われております。また労基法では賠償予定が禁止されており(16条)、予め一定額を損害賠償額として予定することはできません。引越し業や運送業ではこのような制度を採用している会社も少なくないと言われておりますが、多くの場合でこれら労基法の規定に違反している可能性が高いと考えられます。今一度自社の制度や労使協定を見直しておくことが重要と言えるでしょう。
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