神戸医師の過労自殺で第一回口頭弁論、自己研鑽の労働時間該当性が争点に
2024/04/24 労務法務, 訴訟対応, 労働法全般, 医療・医薬品
神戸医師の過労自殺訴訟で初弁論
当時26歳だった医師がうつ病を発症し自殺したのは、勤務先の病院が長時間労働の改善を怠ったことなどが原因だったとして、遺族が病院の運営法人と院長に対し、計約2億3000万円の損害賠償を求めた訴訟の第一回口頭弁論が4月22日、大阪地方裁判所で行われました。
病院側は、勤務後の「自己研鑽」は労働に当たらないなどとして争う姿勢を見せています。
通常業務と学会準備で残業200時間超に
自殺した男性は、神戸市の病院公益財団法人甲南会「甲南医療センター」に2020年4月から初期研修医として勤めていました。2022年4月からは消化器内科の専門医を目指す「専攻医」となりましたが、うつ病を発症し、翌月に自殺で亡くなりました。当時、26歳でした。
男性は通常の診療に加えて、専門医の資格取得のための学会発表準備を行なっていたといいます。こうした背景もあり、亡くなる日までの1か月間、男性の時間外労働は200時間を超えていたということです。
西宮労働基準監督署は、調査の結果、死亡の直前1カ月間の時間外労働は200時間以上で、約100日間の連続勤務があったとして、2023年6月、労災認定しました。加えて、同年12月19日には、病院を運営する公益財団法人甲南会と院長、上司にあたる医師1名を労働基準法違反容疑で神戸地方検察庁に書類送検しています。
遺族側は、2024年2月2日、病院側が心身の健康を損ねるおそれのある過重な働き方と知りながら、業務軽減をするといった対応を取らなかったなどとして、病院を運営する「甲南会」と院長に対して、合わせて約2億3000万円の損害賠償請求を求める訴訟を大阪地方裁判所に提起しました。
病院側は、4月22日に開かれた第一回口頭弁論で、男性の業務について、「専攻医として標準的かそれ以下で、過重労働につながる事実は一切存在しない」と請求棄却を求めたということです。
今回の訴訟で争点の一つとなっているのが、学会準備などの「自己研鑽」です。
遺族側は、資格取得などのために活動したのは上司の指示で「業務に当たる」と主張している一方、病院側は、病院にいる時間すべてが労働時間ではなく、自身で選択した研修に充てた時間は、労働と評価できないと反論しています。
終業後の勉強会は労働?
企業の中には、就業後に勉強会や研修などを開いて、資格取得や仕事の質向上に向けた取り組みを行なってる会社があります。こうした取り組みは、従業員のスキルアップだけでなく、内容により社員間の活発なコミュニケーションにもつながるため、働きやすさの向上につながる側面もあります。
一方で、勉強会の中には、「原則、自由参加。会社から参加を命じられないため給与も発生しない」という勉強会も存在します。
自由参加を謳う一方、実際には勉強会に出席しないと得られない業務スキル・資格があったり、上司からの評価を左右するとして、参加見送りに難しさを感じる従業員も少なくないとされています。
こうした背景から、厚生労働省は2017年1月20日、労働時間に関するガイドラインを策定。「使用者の指揮命令下に置かれている時間であり、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる」と明記しました。
一般的に、労働時間に該当するかどうかは、労働契約や就業規則などで形式的に決定されるのではなく、客観的に見て、労働者の行為が使用者の指揮命令下で行われた否かを判断基準としています。ガイドラインでは、労働時間に該当する例として、以下を挙げています。
① 使用者の指示で、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した
後始末(清掃等)を事業場内において行った時間
② 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)
③ 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間
労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(厚生労働省)
コメント
100日連続勤務、死亡前1ヶ月間の時間外労働は200時間を超えていながら、男性が申告した時間外労働はわずか7時間だったといいます。男性の遺書には「限界です」などと記されていたそうで、男性が精神的に極度に追い込まれていた様子がわかります。
病院側は、「学会発表は労働ではない」と主張しているといいますが、
・学会発表をしないこと(専門医の資格を取得しないこと)で不利益がある場合
・明示の指示はないないものの、学会発表を当然行うものとされている場合
などには、黙示の指示による指揮命令下に置かれていたとして、学会発表の準備が「労働時間」に該当する可能性が出てきます。
男性の母親は、「医療現場の長時間労働を是正し、後進の医師らの命を救うことが、息子の望みをかなえることだと確信している」と述べています。今回の訴訟をきっかけに、国をあげて、医療現場における適切な労働時間管理について考える必要があるのではないでしょうか。
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